東京地方裁判所 昭和44年(ワ)997号 判決 1970年10月23日
原告 村山松正
<ほか三名>
右原告ら訴訟代理人弁護士 今川一雄
同 太田惺
同 田辺勲
被告 石田多利己
右訴訟代理人弁護士 山口進太郎
主文
被告は各原告に対しそれぞれ金四四、四六二円およびこれに対する昭和四四年一二月二一日以降右支払済みにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。
原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用はこれを一〇分し、その九を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。
この判決は原告ら勝訴の部分に限り各自金一五、〇〇〇円の担保を供するときは仮に執行することができる。
事実
原告らは「被告は各原告に対し金五四四、六八二円およびこれに対する昭和四四年一二月二一日以降右完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、
一、被告は昭和四四年一月八日午前五時三〇分頃から同日午前六時三〇分頃までの間、前記所在の自宅前私道に多量の撒水をしたため右私道が凍結していたところ、訴外亡村山ハツは右同日午前九時頃右私道にさしかかった際、氷に足を滑らせて転倒し、因って頭部打撲、脳震盪症、左肘関節打撲および腰部打撲の傷害を負い、昭和四四年一月八日から同月一六日まで井福第二病院に入院加療し、さらに同院を退院後、国立東京第二病院に通院治療していたところ、昭和四四年八月一四日、右受傷に起因する左中脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血、左基底核部、脳軟化により死亡した。
二、被告は、寒気きびしい季節に道路に撒水をして道路を凍結させるべきでないのに、かかる注意を怠り漫然と右撒水をして本件私道を凍結させて本件事故を発生させたのであるから、民法七〇九条により右事故の発生により生じた後記損害を賠償すべき責任がある。
三、訴外亡村山ハツおよび原告らは本件事故の発生により次のとおりの損害を蒙った。
(一) 訴外亡ハツ。
(1) 治療費
(イ) 入院治療費(井福第二病院関係分) 一五、六三〇円
(ロ) 付添看護費(〃) 一四、五二〇円
(ハ) 入院雑費(〃) 三、一三〇円
(ニ) レントゲン代(国立東京第二病院関係分) 三、三九六円
(ホ) 薬代(〃) 一一、四一五円
(2) 交通費(右病院二往復分) 六四〇円
(3) 慰藉料 一〇〇、〇〇〇円
訴外亡ハツの前記受傷の程度、前記入院・通院の経過その他諸般の事情を考慮すると右金員が相当である。
(4) 弁護士費用 三〇、〇〇〇円
訴外亡ハツは右のとおりの損害を蒙ったが前記のとおり同訴外人は死亡したため原告らに於てそれぞれ金四四、六八二円(円未満切拾て)ずつの損害賠償請求権を相続により承継した。
(二) 原告ら。
原告らは実母である訴外ハツの不慮の死に遭遇し筆舌に尽し難いほどの精神的苦痛を蒙った。
したがって、右慰藉料として各原告は金五〇万円ずつの損害賠償請求権を有する。
四、よって、原告らは被告に対し、原告につき金五四四、六八二円およびこれに対する原告らの昭和四四年一二月二〇日附準備書面送達の翌日以降、右各完済にいたるまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだ。
と述べ、抗弁事実を否認し(た。)証拠
≪省略≫
被告は「原告らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」
との判決を求め、答弁として、
請求原因事実中、訴外亡ハツが死亡し原告らが相続によりその地位を承継したことは認め、訴外亡ハツの入院、通院の経過および同訴外人の損害の点は不知、その余の事実は否認する。
と述べ、仮定抗弁として、
本件事故の発生については訴外亡ハツにも重大な過失があった。つまり、被告の撒水によって凍結したのは本件道路の巾員の約三分の一程度であり、訴外亡ハツがその場所を避けて通行すれば本件事故は発生しなかったはずである。
と述べ(た。)証拠≪省略≫
理由
一、事故の発生
≪証拠省略≫を総合すると、訴外村山ハツは昭和四四年一月八日午前九時頃東京都世田谷区太子堂三丁目五番四号先の本件道路の中央部分を南から北に向って通行中、右道路が凍結していたため足を滑らせて仰向けに転倒し、頭部打撲、脳震盪症、左肘関節打撲および腰部打撲の受傷をし、同日から同月一六日まで井福第二病院に入院加療し、右退院後も同月二〇日から同年七月初め頃まで国立東京第二病院に通院し、加療していたこと、また、同人は同年八月一四日左中大脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血により死亡したこと(右死亡の事実については当事者間に争いがない。)が認められる。
二、被告の責任
≪証拠省略≫を総合すると、被告は昭和四四年一月八日午前六時頃自宅前の本件道路を清掃するためバケツで撒水したこと、右当日は朝方は寒かったこと、右道路はアスファルトで舗装されていて、その巾員は約二メートル位で中央部分と左右両側部分との間にはさほど高低の差がないこと、したがって右撒水のため本件道路はほぼ全面に亘って凍結したこと、昭和四三年一二月末頃には訴外中村明が本件道路を通行中、右道路がほぼ全面に亘って凍結していたため滑って転倒したことがあるうえに、本件事故当日の午前八時頃には訴外石田房子も滑って転倒したことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫
何人も、寒気きびしい日時に道路上に撒水をすれば、当然路面が凍結し歩行者の転倒事故を惹起するかもしれないことを予見し、右撒水をさしひかえて右事故の発生を未然に防止しなければならない注意義務があるところ、右認定事実によると、被告はこれを怠り漫然と前記撒水をして本件道路を凍結させて本件事故を発生させたといわなければならない。そうすると、被告は原告らに対して右の過失による不法行為にもとづく後記各損害を賠償しなければならない。なお、被告は「本件道路は巾員の約三分の一位しか凍結してなかったからその部分を右ハツが避けて通行すれば本件事故は発生しなかった。」と主張するが、本件道路がほぼ全面に亘って凍結していたことは右認定のとおりであって右主張は採用できない。
三、損害
(一) 治療費
≪証拠省略≫によると、訴外ハツは本件事故による受傷の治療費として、少くとも、(1)入院治療費一五、六三〇円 (2)付添看護費一四、五二〇円 (3)レントゲン代三、三九六円 (4)薬代一一、四一五円を支出し、同額の損害を蒙ったことが認められる。
なお、≪証拠省略≫によると、前記ハツの傷害の程度は事故当日から同月一五日まで付添看護を要するものであったことが認められる。
(二) 入院雑費
≪証拠省略≫および訴外ハツの前記傷害の程度を勘案すると、入院中の日用品の購入費用として少なくとも一日金二五〇円程度は必要であったと考えられ、同訴外人の入院期間九日を積算すれば金二、二五〇円の出捐を余儀なくされたのであろうと推認される。
(三) 交通費
前記訴外ハツの通院の経過を勘案すると、通院交通費として少くとも金六四〇円は出捐したことが認められる。
(四) 訴外亡ハツの慰藉料
右ハツの前記受傷の程度、入院、通院の経過後に認定するような治ゆの状況その他諸般の事情を考慮すると、右慰藉料額は金一〇万円をもって相当とする。
(五) 弁護士費用
≪証拠省略≫によれば、訴外ハツは弁護士今川一雄に本訴の提起、追行を委任し着手金として金三万円を支払ったことが認められるが、被告が自己の損害賠償責任を否定していることは本訴の経過に照らして明らかであるからその権利の実現のため弁護士に委任する必要があったというべきである。
事案の内容、訴訟の経過、その他諸般の事情に鑑み、右金三万円は弁護士費用として相当と認める。
(六) 以上認定したところによれば、訴外ハツは被告に対し前記(一)ないし(五)の各金員合計金一七七、八五一円の損害賠償請求権を有していたところ、同訴外人が前述のとおり死亡し原告らが相続によりその地位を承継したことは当事者間に争いがないので原告らは各自被告に対し金四四、四六二円(円未満切拾て)の損害賠償請求権を有することになる。
(七) 原告らの慰藉料
≪証拠省略≫を総合すると、訴外亡ハツは昭和四四年一月一六日の井福第二病院退院当時には著名な後遺症は残存してなかったし、同月二〇日国立東京第二病院でも入院の必要がない旨診断され以降通院したこと、右ハツは右退院後被告に対し、「おかげさまで治りました。」と言ったこと、右国立東京第二病院に通院中、同年六月頃までは脳外科に通院していたがそれ以降は循環器科に移ったこと、死亡当時満六五才でかなりの高令であったこと、死亡日時が同年八月一四日で前記受傷後六ヶ月以上経過していること、死亡当日は急激に頭痛を訴え、嘔吐したこと、同人の直接の死因は先天性動脈瘤および動脈硬化性動脈瘤の両因により左中大脳動脈瘤破裂を発生して、くも膜下出血を起こしたものであることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
右認定事実によると、右ハツの本件事故による受傷は昭和四四年一月一六日の前記退院当時には相当程度治ゆしており、少くとも同年六月頃には完治していたものと認められる。
したがって、本件事故による右ハツの受傷と同訴外人の死亡との間に相当因果関係があるとはとうてい認められない。
訴外ハツの死亡による原告らの慰藉料請求は理由がない。
四、よって、原告らの本訴請求は、被告に対し、それぞれ金四四、四六二円およびこれに対する本件事故の発生の後である昭和四四年一二月二一日から支払済みにいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度では、正当としてこれを認容し、その余は失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、第九三条、仮執行の宣言につき第一九六条をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 安井章 裁判官 加茂紀久男 北山元章)